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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)5222号 判決

原告 明宝株式会社

右代表者代表取締役 中村富美子

右訴訟代理人弁護士 庭山正一郎

同 須藤修

被告 日本ブリタニカ株式会社

右代表者代表取締役 中尾三平

〈ほか一名〉

右被告両名訴訟代理人弁護士 平井二郎

右同 鈴木稔

右同 中津晴弘

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告に対し、被告日本ブリタニカ株式会社は、別紙物件目録(二)、(三)記載の各建物を、被告ブリタニカ・パシフィック・インコーポレーテッドは、同目録(四)記載の建物をそれぞれ明渡せ。

2  被告日本ブリタニカ株式会社は、原告に対し、次の各金員を支払え。

(一) 金一億三五〇六万四八〇〇円と昭和六一年四月一日から別紙物件目録(二)記載の建物の明渡ずみまで一か月金一二八三万一五〇〇円、同目録(三)記載の建物の明渡ずみまで一か月金六一万一六六〇円の各金員並びに金四五四三万五八四〇円とこれに対する別紙物件目録(二)、(三)記載の各建物を明渡したときから支払ずみまで年六分の割合による金員

(二) 金六二四万円と昭和六一年四月一日から被告ブリタニカ・パシフィック・インコーポレーテッドが別紙物件目録(四)記載の建物の明渡ずみまで一か月金五五万二〇〇〇円の金員

(三) 金三九三万四八〇〇円

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  (業種)

原告は、不動産の賃貸、管理を業とし、被告日本ブリタニカ株式会社は、外国語教育のための書籍等の印刷・売買を業とし、被告ブリタニカ・パシフィック・インコーポレーテッド(以下、パシフィックという。)は、被告ブリタニカの関連業務を行なう各会社である。

2  (賃貸借契約)

原告は、被告ブリタニカに対し、昭和五二年七月三日その所有する別紙物件目録(一)記載の建物(以下、本件ビルという。)のうち同目録(二)、(三)記載の建物(以下、本件(二)、(三)建物という。)を貸渡し、本件(二)建物について賃料一か月金三〇二万三五六八円、共益費金一一一万九八四〇円、本件(三)建物について賃料一か月金一五万四七〇〇円、共益費一か月金三万八〇八〇円を当月二五日に支払を受けることを約し、同五八年四月一二日別紙物件目録(二)記載の一部である同目録(四)記載の建物(以下、本件(四)建物という。)に被告パシフィック他二者の同居を承諾しこれによる賃料の割増分一か月金二〇万円の支払を受けることを約し、同五九年三月三一日本件(二)建物について賃料一か月金三九六万六一〇〇円、共益費一か月金一四九万三一二〇円、本件(三)建物について賃料一か月金一九万〇四〇〇円、共益費一か月金五万九五〇〇円と合意のうえ改訂し、被告パシフィック他二名は本件(四)建物に同居を始めた。

3  (契約解除)

(一) 原告は、被告ブリタニカに対し、昭和五八年一二月五日到達の書面により右賃貸借契約を同五九年三月三一日限り解除するとの意思表示をした。

(二) 被告ブリタニカは、原告に対し、昭和五三年七月三日付「賃貸借契約証書」第七条一項三号により賃借人またはその関係者が賃貸人または近隣の者に迷惑あるいは損害を与えまたは与えんとしたときは何らの通知催告を用いることなく直ちに契約を解除できることを約した。

(三) さらに被告ブリタニカは、原告に対し、昭和五八年四月八日付「念書」により労働争議の混乱が生じたりあるいは他の賃借人に迷惑がかかる事態が発生したときはその原因が被告ブリタニカまたは同居者のいずれにあったかを問わず契約を直ちに解除できることを約した。

(四) ところが被告ブリタニカは、次のとおり原告との間の右(二)、(三)の各約定に反し本件(二)、(三)建物の賃貸借契約上の信頼関係を破壊した。

(イ) 昭和五六年秋から被告ブリタニカで労使紛争が発生し、部外者も加わって本件ビル一階玄関の内外、本件(二)建物の各階でのビラまき、集会、もみ合い等が起ったので、原告は、一階玄関に部外者立入禁止の看板を出し、被告ブリタニカに対し紛争の収拾を申し入れたが、右紛争はやまず同五八年二月九、一〇日には本件ビル内で傷害事件まで発生した。

(ロ) 昭和五八年三月九日被告ブリタニカは、原告に対し、労働争議の解決の見通しがついたとして被告パシフィック他二者の同居するについての許可を求め、同年四月八日付「念書」により右(二)の提案をしてきたので、原告は、もはや被告ブリタニカの労使紛争により原告および本件ビルの他の賃借人に迷惑がかかるおそれはないとの言い分を信じて、同月一二日右同居を承諾し、被告パシフィック他二名は本件(四)建物に同居を始めた。

(ハ) ところが昭和五八年四月一八日被告ブリタニカの労使紛争が再開され、部外者も加わって、ビラ配布、一階玄関前の集会、本件(二)建物の各階でのもみ合い、労働者側のエレベーターホールでの座り込み等を午前中の二、三時間、ときには七、八時間に亘り行い、これらが同五九年三月三一日まで六〇数回に及び、このうち負傷者が出たことは一二回に及んだ。

(ニ) この紛争のため、本件ビル一階を賃借し、プレハブ住宅の販売営業用店舗として使用していた訴外旭化成工業株式会社においては、同店舗を訪れる不特定多数の第三者への接客業務が著るしく阻害され、営業上多大な迷惑を受け、さらに右紛争にともなうスピーカーの使用、怒号、騒音により、その他の賃借人の業務にも多大の迷惑を与えた。

4  (損害金)

原告は、被告ブリタニカが本件(二)、(三)建物の明渡を遅滞することにより、次の損害を受けた。

(一) 被告ブリタニカは、原告との間で、昭和五三年七月三日、右3の(二)の約定にもとづき右契約が解除されたときに本件(二)、(三)建物の明渡ずみまで右賃料・共益費相当額と右明渡の翌日から六か月分の賃料・共益費を支払うことを約した。

(1) 昭和五九年四月一日からの賃料・共益費相当損害金について

昭和五九年四月一日からの賃料相当損害金は、本件(二)建物について一か月金四六六万六〇〇〇円、本件(三)建物について一か月金二二万六一〇〇円、同六一年四月一日からのそれは本件(二)建物について一か月金五五九万九二〇〇円、本件(三)建物について一か月金二七万一三二〇円、同六〇年四月一日からの共益費相当額は、本件(二)建物について一か月金一六三万三一〇〇円、本件(三)建物について一か月金六万九〇二〇円である。

(イ) 昭和五九年四月一日から同六〇年三月三一日までの本件(二)、(三)建物についての一二か月分

(金四六六万六〇〇〇円×二+金一四九万三一二〇円)×一二=金一億二九九〇万一四四円

(金二二万六一〇〇円×二+金五万九五〇〇円)×一二=金六一四万〇四〇〇円

(ロ) 昭和六〇年四月一日から同六一年三月三一日までの本件(二)、(三)建物についての一二か月分

(金四六六万六〇〇〇円×二+金一六三万三一〇〇円)×一二=金一億三一五八万一二〇〇円

(金二二万六一〇〇円×二+金六万九〇二〇円)×一二=金六二五万四六四〇円

右(イ)、(ロ)の合計金二億七三八七万七六八〇円-金一億三八八一万二八八〇円(昭和五九年四月一日から同六一年三月三一日までの賃料・共益費の各相当額として受領ずみ分)=金一億三五〇六万四八〇〇円

(ハ) 昭和六一年四月一日からの本件(二)、(三)建物についての一か月分

(金五五九万九二〇〇円×二+金一六三万三一〇〇円)=金一二八三万一五〇〇円

(金二七万一三二〇円×二+金六万九〇二〇円)=金六一万一六六〇円

(2) 六か月分の賃料・共益費相当額は本件(二)、(三)建物について

(金五五九万九二〇〇円+金二七万一三二〇円)×六=金三五二二万三一二〇円

(金一六三万三一〇〇円+六万九〇二〇円)×六=金一〇二一万二七二〇円

以上合計金四五四三万五八四〇円

(二) 被告ブリタニカは、原告との間で、昭和五八年四月八日右3の(三)の約定にもとづき右契約が解除されたときに本件(二)、(三)建物の明渡ずみまで割増賃料の倍額分を支払うことを約した。

(1) 昭和五九年四月一日から同六一年三月三一日まで二四か月分

金二三万円×二×二四=金一一〇四万円

以上金一一〇四万円-金四八〇万円(内金として受領ずみ分)=金六二四万円

(2) 昭和六一年四月一日から

昭和六一年四月一日からの割増賃料損害金は、一か月金二七万六〇〇〇円である。

金二七万六〇〇〇円×二=金五五万二〇〇〇円

(三) 原告は、訴外旭化成工業株式会社に対し、昭和五九年四月一日その賃借部分(本件ビルの一階部分)の賃料一か月金一二〇万二三〇〇円を同金一三六万六二五〇円と増額(一か月金一六万三九五〇円)の意思表示をしたが、右3の(四)による損害を受けたことを理由としてこれに応じなかったので、同年四月一日から同六一年三月三一日までの三六か月分の増額分として合計金三九三万四八〇〇円のうべかりし賃料を失った。

金一六万三九五〇円×二四=金三九三万四八〇〇円

よって、原告は、被告ブリタニカに対し、賃貸借契約の終了にもとづき本件(二)、(三)建物の明渡とこの明渡遅滞にもとづく損害賠償金(その一部に商事法定利率年六分を付して)の支払を、被告パシフィックに対し所有権にもとづき本件(四)建物の明渡を求める。

二  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求原因1事実(業種)、同2事実(賃貸借契約)のいずれも認める。

2  請求原因3事実(契約解除)のうち(一)、(二)を認め、(三)を否認し、ここに言う「同居者」とは被告パシフィック他二名をさすものと反論し、(四)の本文を否認し、同(イ)をほぼ認め、同(ロ)のうち原告が右同居の承諾をしたことを認め、その余を否認し、同(ハ)のうち労使紛争が再開され継続されたことを認めその余を否認し、これらに対し右労働争議は、第三者である訴外ブリタニカ労働組合の組合員とその支援者が行ったものであり、かつ被告ブリタニカはこれを阻止するためにとり得る手段を尽したものであるから、右各約定の違反はないものと反論し、同(二)のうち訴外旭化成工業株式会社が本件ビル一階を賃借していることを認め、その余を否認する。

3  請求原因4事実(損害金)のうち(一)の本文及び(二)の本文を認め、その余を否認する。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1事実(業種)、同2事実(賃貸借契約)のいずれも、当事者間に争いがない。

二  請求原因3事実(契約解除)のうち(一)契約解除の意思表示があったこと及び(二)の昭和五三年七月三日付「賃貸借契約証書」第七条一項三号の約定をしたことは、当事者間に争いがない。

1  そこで被告ブリタニカが原告との間で、昭和五三年七月三日付「賃貸借契約証書」第七条一項三号の約定に反し、本件(二)、(三)建物の賃貸借契約上の信頼関係を破壊したものであるか否かを、検討する。

(一)  《証拠省略》によると次の事実を認めることができ、これに反する部分は採用の限りでない。

(1) 本件ビルは、賃貸を目的とし各賃借人が店舗、事務所等として各賃借部分を使用し、一階部分に公道につづく東、西、南の三つの玄関、中央部にエレベーター六基とこれに至る廊下、各階層の廊下、階段等(別紙物件目録(一)ないし(三)の各添付図面のとおり)を共同で使用している。

(2) 被告ブリタニカには、昭和五三年七月三日の、賃貸借契約をした当時、その従業員を組合員とする訴外ブリタニカ労働組合(以下旧労という。)と訴外ブリタニカ新労働組合(以下新労という。)があって、毎年春と年末に労使の紛争を生じたが、いずれも本件(二)建物内において行われ、他の賃借人がこれを問題とすることはなかった。

(3) 昭和五六年一一月九日被告ブリタニカは、新旧労組に対し、業績不振を理由として従業員の大巾削減を目的とする「自立再建計画」を提示して協議を求め、同年一二月八日新労との間ではこれを妥結したが、これに反対する旧労においては、団体交渉をするとともに部外の支援者を加えて同五八年三月ころまで一か月に四、五回、特に同五六年一一月と一二月、同五七年六月と八月には頻繁に後述する(6)の態様を通例とする争議行為をなし、被告ブリタニカにおいては右同様の対応をした。これに対し原告は、昭和五七年二月一〇日から一階各玄関に部外者立入禁止の看板を配置し、同年六月一八日被告ブリタニカの依頼により同被告に対し旧労のビラ配布、集会等の規制方を申し入れた。

(4) 昭和五八年一月二一日被告ブリタニカは、全従業員二二〇名に対し、約一〇〇名の希望退職者を募集したのに対して大多数の者がこれに応じ、同年四月一日には従業員総数が九五名となり、旧労の組合員は訴外織田松一郎他八人が残った。

(5) 昭和五八年三月中ころから旧労の訴外織田らは、被告ブリタニカが同月七日に通告した人事異動に反対し原職復帰を訴えてストライキに入り団体交渉を要求したが、被告ブリタニカは、訴外織田が旧労の正当な代表者でないとしてこれを拒否した。このため、訴外織田ら九名は、部外の支援者を加えた同年四月一二日から同年一二月まで四六回に亘りその後においても次の態様を通例とする争議行為をくり返したが、右(5)の場合とは違って、被告ブリタニカにおいて、同年五月二四日から他の従業員に二〇ないし四〇名の集団出社の方法をとらせたので旧労組合員らとの接触対抗による占拠及び騒音はより大きなものとなった。なお、その後東京都地方労働委員会は、昭和五六年不第一三九号事件において訴外織田の執行委員長の選出をもってやむをえないものとしてこれを肯認した。

(6) 旧労の組合員とその支援者は、数一〇名前後、時には一〇〇名前後が集まり、朝八時三〇分から五〇分ころにかけて一階東玄関に集合し街路樹にロープをはってこれに三、四枚の組合旗を出し、九時一〇分ころに出社する他の賃借人の社員に対しビラを配布するとともにハンドマイク、スピーカーによって音量をあげ、街頭宣伝をした。九時一〇分から二〇分ころに最初のうちは、一人一人で、その後は二、三人単位で出社した被告ブリタニカの他の従業員を、旧労組合員らは、右玄関でとり囲み押しとどめるピケッティングの態勢をとったのに対しこれを押しのけて通ろうとする右従業員ともみ合いとなって双方怒鳴り声を発しながら一階中央部のエレベーター前に至り、ここで乗る乗らせないとのもみ合いを続け、これに乗れないときは階段部分で小競り合いをなし、いずれの場合においても双方とも怒鳴り声を発し、一〇階の廊下で事務所に入室しようとする右従業員とこれを押しとどめる旧労組合員が双方怒鳴り声を発するもみ合いを経て右従業員が入室するとドアは全部閉鎖された。これらによる混乱は短時間のものであったが右もみ合いにより関係者の衣服が破られ、時には負傷する者も出た。その後旧労組合員らは、右廊下で時折り大声でシュプレヒコールをしながら座り込みをつづけ、午前一一時ないし一二時に至って一一階廊下に上がりその廊下でシュプレヒコールをしたのち、前示逆コースを辿り一階において解散した。

なお、右もみ合いの際被告ブリタニカの従業員において、旧労組合員らを誹謗するテープを流し私服の警察官に注意を受けて中止したこと及び一〇階廊下で旧労組合員らの罵りに対し事務所内から出てこれらを押し返えそうとしたことを原告側に目撃されている。

(7) 右の争議行為において、一階東玄関に旧労組合員らが集まっているため近くの一階賃借人の顧客はその店舗に近よれず、また、旧労組合員らの使用するハンドマイク、スピーカーの音量により二階ないし四階までの賃借人の電話が聞えなかった。右玄関からエレベーターを経て一〇階に至るまで旧労組合員ら他の従業員がもみ合う間、他の賃借人の社員及び顧客は近よれず、階段で小競り合いをする際も、また同様であった。一〇階で旧労組合員らが廊下に座り込んでいる間は、他の者の往来はできず、時折行ったシュプレーヒコールは、上は一四階まで、下は一階まで鳴り響いた。

(8) 右の争議行為に対し、原告は、被告ブリタニカに対し、昭和五八年六月二七日その自主的判断により抜本的に解決するのをしばらく見守ると通告したのに応じ、被告ブリタニカは、旧労組合員に対し、迷惑行為の停止を求める警告をくり返し、また右の混乱をさけるため守衛室を通じて旧労組合員らの動きを知って同年六月から七月の間に四回及び一一月に一回全員早退させ、七月と一〇月に各一回出社を見合わせるとの措置をとった。同年九月二二日原告において、旧労に対し、一階玄関前のビラまき、集会、一階及び一〇階廊下における紛争が他の賃借人の営業妨害となるため司直の支援をえてこれを排除する用意のあることを通知した。ところが、同年一二月二日原告は、被告ブリタニカに対し、その自主的解決の努力なしとし原告及び他の賃借人の宥恕も限界に達したとして同五九年三月三一日付で契約解除の通知をした。

(9) 右争議行為は、その後漸減し、昭和六〇年一〇月一日旧労組合員は被告ブリタニカの指示に従って就労し、同六一年四月二八日労使間で右紛争が同六〇年九月三〇日をもって終了したことを確認した。

(二)  以上の認定によると昭和五七年七月三日付「賃貸借契約証書」第七条一項三号の約定中「賃借人および関係者」について、原告及び被告ブリタニカにおいてこれらが特に労働組合もしくはその組合員をさすものと確認し合ったとの事情もないので、右の意味内容はその合理的な解釈によって決せられるべきである。本件においては法律上別個の人格を与えられた旧労が、その判断と責任において被告ブリタニカの従業員である組合員をして労働契約上の拘束からこれを離脱させたうえその指揮命令により前示争議行為をなさしめ、よって右従業員に対し被告ブリタニカの指揮が及ばない状況下にあったから、この場合においては前示約定の「関係者」に該当するとして同被告の責任を取りあげることはできないというべきである。そしてこの第三者である旧労において、独自の判断をもってその争議行為の場所として本件ビルの内外を選択し、かつ外部の支援者を加えたものとみることができる。そうすると旧労組合員らと被告ブリタニカの他の従業員とが接触対抗した一階東玄関、エレベーター、階段、一〇、一一階各廊下で起った占拠及び騒音のうち、被告ブリタニカの労働契約上の指揮下にあった他の従業員の行動の部分を捉え、前示約定の「賃借人」の近隣迷惑行為として取りあげれば足りるものであり、その余の旧労組合員らのなした一階東玄関前の集会、及び一〇、一一階各廊下での座り込み等による占拠及び騒音については、旧労及びその組合員らがその責任を負うか否かを別個に考慮判断すべきものと解する。しかして被告ブリタニカにおいて、労働契約上の指揮下にある他の従業員によってその営業を継続する権利は否定されるものではなくかつ一階玄関、エレベーター、階段、廊下等の共用部分を使用する賃貸借上の権利を有し、これらに基づいて出社する他の従業員を先制攻撃的に阻止せんとしてピケッティングの態勢にある旧労組合員らに対抗した他の従業員の前示行動は右の権利実現を目的としたやむをえないものであり、その態様も、多少の行き過ぎがみられるものの総体的には旧労組合員らの攻撃に対し対抗した相応の防禦活動にとどまったものということができ、この際に結果した占拠及び騒音も短時間かつ局部的であったとみられるから、賃貸人である原告及び他の賃借人にとっても本件ビルにおける共同生活上の受忍限度に属するものというべきである。従って被告ブリタニカは、本件において右約定に違反したものとは認め難い。

2  次に、被告ブリタニカが原告との間で、昭和五八年四月八日付「念書」の約定に反し、本件(二)、(三)建物の賃貸借契約上の信頼関係を破壊したものであるか否かを検討する。

(一)  《証拠省略》と前示認定事実を総合すると次の事実を認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(1) 被告ブリタニカは、原告に対し、昭和五八年三月二日従業員の大量退職により本件(二)建物のスペースがあくことが予想されたので、ここにその関連会社である被告パシフィック及び訴外アメリカンプラザ株式会社、法律顧問の訴外中津法律事務所の三者の同居を企図し、その許可を求めた。この際被告パシフィックが被告ブリタニカの親会社との説明を受けた原告は、この同居者が加わることにより前示の労使紛争が拡大することに懸念を表明した。昭和五八年三月九日被告ブリタニカは、原告に対し、右紛争について解決の見通しがある旨報告し、再度右同居方を求めた際、原告から念書の差入れを求められ、そこで被告ブリタニカは、訴外中津晴弘弁護士と相談指導のうえ、右同居者らが労働争議を起さないことを被告ブリタニカにおいて保証する趣旨で、次のとおりの念書を作成し、同年四月八日差し入れたところ、原告は、これを受取り右同居を承諾した。そして右三者は、本件(四)建物を含む本件(二)建物に同居を始めた。

(2) 「昭和五八年三月二日付文書によりお願いしました同居承諾許可に関し、明宝ビル一一階Ⅱ期部分に同居ご承諾いただく条件として過日のような労働争議による混乱もしくは他のテナントに迷惑を及ぼすような行為を同居者が一切行なわないことを保証致します。また賃借人たる当社は、同居人を含め明宝ビル賃借部分全搬の正常な使用につき賃貸借契約上の責任を負う者であることをここに確認誓約申し上げます。万一当社又は同居者の責に帰すべき事由により上記保証及び誓約に違背する事態が発生しました場合は、貴社において直ちに賃貸借契約を解除し、立退き要求を受けるべきことをも了承致します。等」。

(3) 被告アメリカンプラザ株式会社の経営者とその組合員と目される者達が、昭和五八年五ないし六月ころ一〇階からエレベーターを経て一階の館外までもみ合ったところを原告側に目撃され、旧労が被告ブリタニカを攻撃するパンフレットに時折同社が取りあげられた。しかし他に訴外アメリカンプラザ株式会社及びその他の同居者が労働争議に関与したことは見当らない。

(二)  以上の認定によると昭和五八年四月二〇日付念書中「同居者」については、これが訴外パシフィック、訴外アメリカンプラザ株式会社、訴外中津晴弘法律事務所をさし、これらが労働争議を起さないことを被告ブリタニカにおいて保証し、これ以外は同五三年七月三日付「賃貸借契約証書」第七条一項三号の約定によることを確認するものとして合意されたことは明らかというべきである。そして前示訴外アメリカンプラザ株式会社内のもみ合いとみられるものも特に近隣に迷惑をかけるに至ったものといえるものでないので右約定違反とは認め難い。そして昭和五八年四月一二日以降再発した労働争議における「賃借人」である被告ブリタニカの近隣迷惑行為は、前示1と同様の理由により右約定に反したものとは認め難い。

3  そうすると、その余の判断をなすまでもなく、原告と被告ブリタニカ間の本件(一)、(二)建物の賃貸借契約は未だ有効に存続し、従ってこれを基礎とする被告パシフィックの本件(四)建物の占有権限も有効に存続しているから、本件各請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大淵武男)

〈以下省略〉

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